在来品種データベース

「イラカブ」品種情報
生産地宮崎県東臼杵郡美郷町西郷田代
作物名カラシナ
品種名イラカブ
学名Brassica juncea (L.) Czern. (アブラナ科)
現地での呼称いらかぶ
写真いらかぶの畑@宮崎県美郷町2019-01-13 いらかぶの草姿@宮崎県美郷町2019-01-13 葉柄のトゲ@宮崎県美郷町2019-01-13 いらかぶの根部@宮崎県美郷町2019-01-13 畑の周辺に自生しているいらかぶ@宮崎県美郷町2019-01-13 いらかぶの芽生え@宮崎県美郷町2019-01-13 立石いらかぶマスタードの製品(写真は「宮崎ひなた食べる通信」提供)
栽培方法10月上中旬に播種し、3月末ころまで茎葉を収穫する。5月末には種子を収穫する。
品種特性株元にトゲ(=イラ)があることから、この呼称が付いた。イラカブには形態的に2系統ある。葉に切れ込みの多い系統と切れ込みがないものを含む系統がある。前者は立石地区で栽培される立石系統であるが、後者は早晩性の変異があり、栽培地区名から若宮系統と呼ばれている。葉に切れ込みの多い方が本来の系統に近いと考えられている。
由来・歴史

イラカブ関連の史料などは残っていないので史実は不明であるが、少なくとも100年以上は栽培されてきた。

地元には、高千穂太郎がイラカブを伝えたという伝説がある。高千穂太郎は、日向国高千穂地方を古代から治めてきた三田井氏の長男が代々受け継ぐ名前である。三田井氏が、その6代目で家を継ぐ男子がいなかったので、950年ころ、豊後の大神惟基(おおがこれもと)の一男、大神太郎政次を養子に迎えて、初代の高千穂太郎正次を名乗らせたという。その後、三田井氏(高千穂氏)が安土・桃山時代まで高千穂地域を治めたが、1591(文禄元)年、豊臣秀吉による九州平定で縣城(延岡城)主となった高橋元種が仲山城にいた三田井親武(高千穂太郎親武)を諸塚村で討ち取り、1597(慶長2)年には親武の長男、重武が自死して、三田井氏は滅亡したといわれている。ところが親武は生き延びて立石村(現、美郷町西郷立石)に身を寄せるとともにイラカブを伝えたというのである。立石村に高千穂太郎の墓があるという。

伝統的利用法塩もみして漬物にする。
栽培・保存の現状2016年まで地元の農家3戸が畑の片すみに植えている程度で絶滅しそうな危機的な状況だった。「いらかぶ復活プロジェクト」のメンバーが栽培している。
消費・流通の現状自家用のほか、茎葉の生場やそれを塩もみした漬物を近くの直売所で販売している。種子を使ってマスタードを加工販売している。
継承の現状地元の農家の畑に自家用でわずかに残っていたいらかぶを継承しようと地元の青年3名が中心になって「いらかぶ復活プロジェクト」が2017年に立ち上がった。
参考資料宮崎資料6)2018年4月10~12日付け夕刊デイリー新聞「イラカブ復活へ(上・中・下)美里町西郷若者たちの挑戦」
調査日2019/1/13