1735年に編纂された対州(対馬)の産物帳(長崎資料1~6)に、「はけ」の記載が多数みられることから、少なくとも290年の栽培の歴史があると考えられる。 具体的には、長崎資料1には、瓜類の項に「はけ」、ゆうがほの項に「ゆうがほ はけとも言、長ゆうがほ 長はけとも言、ひしゃくばけ」の記載がある。長崎資料2の第二十壱の瓜類には、「甘瓢(アマハケ) 苦瓢 柄瓢(はけぼう共申す)」の記載がある。 長崎資料3の瓜類の項には、「あまばけ にがばけ 百なりばけ」の記載がある。 長崎資料4の瓜類の項には、「青はけ 白はけ」の記載がある。 長崎資料5の瓜類の項に「はけ」の記載がある。 長崎資料6の瓜類 朝鮮ばけの項には、「朝鮮より渡りたる種のよしにて、朝鮮ばけと申ならわし候 くき葉花ともに常のはけに同し はけの色青し」の記載がある。 長崎資料2と3には、同種(/{Lagenaria siceraria})のカンピョウ(甘瓢:あまはけ)とヒョウタン(苦瓢:にがばけ)が併記されていることから、当時は両変種とも(それぞれ、var. /{hispida}とvar. /{siceraria})利用していたことがうかがえるが、長崎資料1に「ひしゃくばけ」も含めてユウガオの項で紹介されているので、ひしゃくに利用するのはカンピョウ(ユウガオ)の利用が主であった可能性があること、また果実色が青色と白色があり、「青はけ」を「朝鮮ばけ」とも呼んだ可能性がある。現在、利用されているはけ(けーずき)は、果皮が青い(乾燥すると白っぽい茶色になる)ので、「青はけ」である可能性がある。 また長崎資料2~6の資料の地理的情報から、18世紀当時は対馬の上県郡の一部と下県郡の全域(対馬のほぼ全域)で栽培・利用されていたことがうかがえる。 |