「平田かぶ」は1735年ころに作られた「出雲国産物名疏」(島根資料1)にも「平田蕪」という名前で登場する歴史を持つカブである。殿様が旧正月、節分のころに「大かぶにすわる」といい、畑に残しておいた大きなカブを汁にして縁起を担いで食べたといういわれもある。 かつては桑畑の間作として栽培したもの、あるいは野生で生えたものを、汁の具に利用していたが、次第に栽培者が減り、昭和40(1965)年代ころには栽培農家は2軒となっていた。近年は栽培する人がいなかったが、平成20(2008)年に地元の自主組織「ダム湖の郷」が桑畑に自生していたカブのなかから選抜・採種事業を行ない、数年かけて平田かぶに近いかぶを復活させた。 木次町平田ではかつて焼畑も行われていたが、栽培されたのは1年目にソバやダイコン、2年目にアズキであり、平田カブは焼畑では栽培されず、もっぱら普通畑で栽培された。 |