在来品種データベース
| 生産地 | 兵庫県淡路市大谷、洲本市由良および五色町など |
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| 作物名 | カンキツ |
| 品種名 | ナルトミカン |
| 学名 | Citrus × medioglobosa Yu.Tanaka (ミカン科) |
| 現地での呼称 | なるとみかん、なるとおれんじ、なると、淡路島なるとオレンジ |
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| 栽培方法 | 耐寒性が弱いので、年平均気温は16度前後かそれ以上必要。日当たりがよく、水はけの良い砂壌土の土地がよい。 茎に多くのトゲを持ち、風が吹くと果実が傷ついて「かいよう病」などが発生しやすいので、防風・病害対策が必要。またダニやカイガラムシ、カミキリなどの虫害対策も必要である。 (以上、兵庫資料4参照) 開花は5月~6月、果実が橙黄色に色づくのは2月~3月。収穫期は4月から6月ころ。 |
| 品種特性 | 果実は球形で、直径7-10cm程度。200-300g。果皮に強い香りがあり、果肉は柔らかく多汁で、爽やかな酸味と苦味が特徴。 兵庫資料2によると、吉備国際大学(2016)の分析によって、香りにはグレープフルーツや夏ミカンのような、青く、爽やかで、フローラル感のある成分があること、また果皮には健康機能性成分であるβークリプトキサンチンやヘスペリジンが含まれていることが明らかになった。 |
| 由来・歴史 | 蜂須賀家の家臣、陶山與一右衛門長之が宝暦・明和時代(1751ー1771)より前の時代に洲本本町(現在の洲本市役所付近)の自宅の庭で唐橙から実生を育て、唐橙よりも風味が良いものが得られたのが始まりとのこと。また名前が付いたきっかけは、長之没(1784(天明4)年)後、長之の子孫にあたる長知が1829(文政末)年、蜂須賀家14代藩主斎昌に献上したところ、藩主から鳴門(なると)という名称を付けられたことである。 ナルトミカンの栽培面積は1959(昭和34)年ころピーク(203ha)に達し、以降、オレンジの輸入自由化と消費者の嗜好の変化などにより、急速に栽培面積が減少し、2015(平成27)年には9haになった。 2018(平成30)年9月28日に、生産、流通、加工関係者が正式なブランド名として「淡路島なるとオレンジ」にすることを決めた。 (以上、兵庫資料3を参照) |
| 伝統的利用法 | 昭和30年代半ばまでは生食が主であったが、その後は加工利用が中心になった。 30年くらい前から洲本の老舗の和菓子店が皮の砂糖漬け(鳴門漬)を作るようになった。近年はさまざまな菓子加工品、果汁飲料、ドレッシングなどが開発されている。 マーマレードが作られるようになったのは、1937(昭和12)年から兵庫県立農事試験場が製造の試験研究を行ったのがきっかけのようである(兵庫資料3による)。 |
| 栽培・保存の現状 | 吉備国際大学の調査によると、2015年時点で生産者は12名で、7割が70歳以上。出荷者は9名で出荷量は66トン。 (兵庫資料3と4による) |
| 消費・流通の現状 | 昭和30年代までは柑橘協同組合を通して東京や大阪の市場に生食用の柑橘として出荷していたが、現在は行っていない。 今は菓子店、飲食店などに直接納品しているほか、直売所、御食菜采館(洲本市)や美菜恋来屋(南あわじ市)で加工品が常設販売されている。 |
| 継承の現状 | 後継者は1名のみ(2015年時点)。(兵庫資料1による) |
| 参考資料 |
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| 備考 | 吉備国際大学農学部において2017年からナルトオレンジの六次産業化を目指し、遺伝資源の保護と栽培管理技術の確立や加工・販売、情報発信に関する取り組みを始めた。 また食のブランド「淡路島」推進協議会は2018年から「淡路島なるとオレンジ復活プロジェクト」として、加工食品の開発・PRを行ない、需要と生産の拡大を支援する取り組みが始まった。 |