京都府園芸要覧(1909)に、京都の九条ねぎの元になったという説も紹介されているが、遅くとも江戸時代には大阪府内で栽培されていた。明治時代に阪堺鉄道(南海電気鉄道の前身)が南海なんば駅を開業したときには周囲に50町歩ほどの葱(難波ねぎ)畑が広がっていた。しかし戦後は生産量が減少し、2000年ころには市場から姿を消した。
2010年に「難波葱の会」を結成し、2017年に大阪府の「なにわの伝統野菜」として認証された。「大阪市なにわの伝統野菜」の認証も受けている。(大阪資料6参照)