在来品種データベース
| 生産地 | 山梨県甲府市、南アルプス市 |
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| 作物名 | ツケナ |
| 品種名 | 長禅寺菜 |
| 学名 | Brassica rapa L. var. rapa (アブラナ科) |
| 現地での呼称 | ちょうぜんじな |
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| 栽培方法 | 20年くらい前は平野部で9月上旬、高冷地で8月下旬に播種し11月上旬に収穫していた。現在、気候変動の影響もあり、播種は10月10日前後、収穫は12月上中旬である。 |
| 品種特性 | 葉は大きく、葉縁に鋸歯があり、表面には毛じがない。葉柄は太く長く、みずみずしい。耐寒性が強く、生育が早いので遅まきに耐える。根部も短円錐形に肥大する。 生で食べて、かすかな苦みを感じるが、アクが少なく、シャキシャキ感があり、葉柄の基部に旨味がある。 種子を水に浸すとペクチン質の皮膜ができる種子が含まれる種子割合が100%であるので明瞭なA型であること、葉面に毛じがないことから、本品種は西日本由来の可能性が考えられる。 |
| 由来・歴史 | 名前の由来は、甲府市の愛宕山麓に臨済宗の名刹「長禅寺」付近で栽培されていたことにちなむ。1800年代前半のころ、近江国から転住してきた鈴木主圭とい住職が荒廃した「長禅寺」の再興を図ろうと、寺の境内や周辺でこの「寺菜」の栽培を行ったのが始まりであるという。町民に寺の「寺菜」を畝売りして収穫物を買ってもらったり、寺が作った塩漬けを売って莫大な利益を得て寺が復興したという(以上、山梨資料2参照)。 1850年、宮本定正(さだあき)が書いた『甲斐廼手振』に(甲府の)荒川三ツ水門付近の両岸で菜洗いが盛んで、大勢の婦女が赤い襷で菜を洗う様子は甲府の一奇亊であり、婦女たちの楽しみでもある。菜の根はかぶらの代わりになり美味しいと書かれている(山梨資料3)。 大正時代の初めころから賑やかさはなくなった(山梨資料2)ものの、昭和11(1936)年でも山梨県内で73.2haの栽培面積があった(山梨資料4)。昭和42年ころ旧中道町で野沢菜の栽培が始まり、長禅寺菜の生産は減少した。甲府市の種苗店が長禅寺菜の種子を保存・販売していたが、売れないので平成30年ころに販売中止を検討していた。危機感を覚えた千野正章氏が同年、長禅寺菜の栽培を開始した。令和4(2022)年9月、南アルプス市の農家、山田久美子氏が古長禅寺住職と出会い、同年11月に関係者で生産を開始し、農福連携協議会とともに生産拡大した。野菜ソムリエや地元印刷会社のデザイナーの協力も得た。翌(2023)年、農継者中道地域協議会で生産を開始するとともに、山梨学院大学や学院幼稚園とのコラボも開始した。さらに翌(2024)年、株式会社セブン-イレブン・ジャパンとのコラボで甲府市内の店舗で長禅寺菜の商品が複数販売された。 |
| 伝統的利用法 | 伝統的には塩漬け(主に古漬け)、おひたし、味噌汁の具材に用いられた。 近年、長禅寺菜そのものの美味しさが見直され、イタリアン(パスタの具材やジェノベーゼソースの素材など)をはじめとする洋食の食材、コロッケやおやきの具材、またパンに練り込んだり、スイーツの素材としても利用されている。 |
| 栽培・保存の現状 | 出荷生産している団体が、農継者中道地域協議会や6つの福祉事業所を含めて10以上ある。 |
| 消費・流通の現状 | 生の長禅寺菜を農福マルシェ、飲食店、学校給食、コンビニなどに販売するほか、農産物加工グループに出荷し加工された漬物が「風土記の丘農産物直売所」で販売されている。 |
| 継承の現状 | 一部の農家や山梨学院幼稚園で自家採種の取り組みを始めている。 |
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| 備考 | 山梨学院幼稚園では幼児教育に長禅寺菜を取り入れている。2023年、農家の山田久美子氏が子どもたちに「幻の野菜」であることを伝えたところ、「育てたい」と言った子どもの言葉がきっかけで、県職員の千野正章氏の協力も得ながら幼稚園における長禅寺菜栽培の取り組みが始まった。 田村優子園長は、子どもたちが自分で育ててみたら、食べたことのない家族にも食べさせてあげたいと思うようになり、そのために種を作って育て続けようという気持ちが沸き起こったとのこと。そうした気持ちが子どもたちの今の強く長禅寺菜を愛する気持ちにつながっていると語っている。 同園では子どもたちが、長禅寺菜の歌を作ったり、家族とレシピを考えたり、長禅寺菜の商品を販売しているお店を応援したり、そのお店で自分たちがつくった長禅寺菜の種を配布したり、さまざまな活動に取り組んでいる。長禅寺菜は子どもたちが積極的に社会と関わるきっかけを提供する素晴らしい教材になっている。 |