在来品種データベース

「金澤太胡瓜」品種情報
生産地石川県かほく市箕打
作物名キュウリ
品種名金澤太胡瓜
学名Cucumis sativus L.
現地での呼称かなざわふときゅうり
写真金澤太胡瓜の出荷形態2023-7-10@石川県かほく市久米農園 金澤太胡瓜の幼苗2023-7-10@石川県かほく市久米農園 金澤太胡瓜の果実2023-7-10@石川県かほく市久米農園 金澤太胡瓜の栽培風景2023-7-10@石川県かほく市久米農園 金澤太胡瓜の草姿2023-7-10@石川県かほく市久米農園
栽培方法4月上旬に播種し、5寸鉢で育苗、4月下旬~5月上旬にガラスハウスに高うねを作って定植、6月末~7月末に収穫。昔からの味を守るために、つぎ木をせず、自根栽培を行なっている。
品種特性果実のトゲの基部は白イボで、鶴首付近は濃緑、その他全体に白い斑点があり白っぽい外観である。果実の尻から中央付近まで8本程度の白い縞がある。長さ25cm、太さ7cm程度。短日要求性は小さい。
由来・歴史

現在の加賀太きゅうりの元になったのが、この金澤太胡瓜である。加賀野菜の父とも称される松下種苗店主・故松下良著『加賀野菜 それぞれの物語』(石川資料1)には昭和初期、金沢市久安町の篤農家・米林利雄氏が福島県の農家から茶色でずんぐりした果実の太キュウリの種子を譲り受け、栽培したのが加賀太きゅうりの起源で、その後久安町の近隣で栽培されていた「加賀節成」が自然交雑して、果皮が青くなったと記されている。

ところが金澤太胡瓜を最初に栽培・普及に尽力した米林利雄氏の手記(石川資料2)によると、米林利雄氏が農家になったばかりのころからずっと市場出荷のノウハウなどを我が子のように教えてくれた金沢市有松の仲買人、鶴来六三郎氏から昭和11(1936)年の秋に200粒の太胡瓜の種子をもらったのが始まりであると記されている。

また後日ある人から利雄氏は、その太胡瓜は昔、金沢市三口新町の桑畑に植えられ、桑の枝に巻き上がらせて栽培され、鶴来氏も煮て食べていたことを教えてもらったという。

この手記から、少なくとも米林利雄氏が福島県の農家から譲り受けたものではなく、もともと金沢市内で栽培されていたキュウリであることが明らかになった。

鶴来氏が住んでいた有松地区の南隣、数百mしか離れていない寺地地区で当時、加賀節成胡瓜(青胡瓜)が栽培されていた。有松と寺地地区の西隣に米林氏が太胡瓜を栽培していた久安地区がある。こうした地理的位置関係から、加賀節成胡瓜が交雑した可能性は十分あるだろう。

なお、昭和40年代に金沢市久安町の市街地化が進んで栽培が困難になったことから、栽培地が砂丘地の打木地区へ移転した。環境の変化で苦味が出るようになったために、松本佐一郎氏が品種改良したのが現在の加賀太きゅうりである。金澤太胡瓜も昭和48(1973)年に栽培地を金沢市久安から、かほく市箕打に変えたが、種子は米林利雄氏の太胡瓜をそのまま継承し、現在に至っている。

伝統的利用法浅漬けなど。
栽培・保存の現状久米農園が栽培を継承している。
消費・流通の現状金沢市内の市場。
参考資料
  • 石川資料1)松下良(2007)『加賀野菜 それぞれの物語』(橋本確文堂)
  • 石川資料2)米林利雄(年代不明※)『金沢太胡瓜の由来』(手記)
  • ※本文に久安第二土地区画整理事業の理事長を務めてあと少しで事業が終わることが書かれているので、昭和60~63(1985~88)年ころに書かれたものであろう。
調査日2023/7/10