在来品種データベース

「早稲田ミョウガ」品種情報
生産地東京都練馬区
作物名ミョウガ
品種名早稲田ミョウガ
学名Zingiber mioga (Thunb.) Roscoe (ショウガ科)
現地での呼称早稲田ミョウガ、わせだみょうが
写真早稲田ミョウガの栽培風景、2024年6月30日、東京都練馬区 早稲田ミョウガの草姿、2024年6月30日 農家の庭先のケヤキ(防風と落ち葉を踏み込み温床に使う 発芽し始めたミョウガ(大竹道茂氏提供) 伏せ込みの時期を変えて出荷時期を調整する(大竹道茂氏撮影) 室は遮光して軟白化を促す(大竹道茂氏撮影) 茗荷茸として出荷される早稲田ミョウガ、2025年3月10日、東京都練馬区 茗荷茸として出荷される早稲田みょうが、2025年3月10日、東京都練馬区
栽培方法

栽培歴は以下の通り。

4月、畑に地下茎を植え付ける。

6月、追肥し土寄せし、ミョウガ畑の上に鉄パイプで骨組みを組んで寒冷しゃを張り、地面にわらを敷く。

9月中旬~10月上旬、花ミョウガを収穫

12月~1月上旬、根を掘り上げ、室(むろ)に伏せ込む。(茗荷茸栽培の準備)

ケヤキなどの落ち葉を使って室に踏み込み温床をつくって根系の休眠を打破する。

2月中旬~5月上旬80cmくらいの長さで茗荷茸を収穫・出荷

品種特性晩生、大振りで、赤色が美しく、香りが強い
由来・歴史

江戸時代、早稲田村(現、東京都新宿区)はミョウガの産地として知られていた(東京資料8)。早稲田村の北部を流れる神田川流域には水田が開け、早稲田村のなだらかな丘陵地の北斜面は、保水性と水はけのが良い土壌があって、品質の良いミョウガが育ったという。

明治15(1882)年、大隈重信によって東京専門学校(現、早稲田大学)が創立されて宅地化が進み、水田とミョウガ畑は減少した(東京資料9)。

1997年、JA東京が農協法施行50周年を記念して、新宿区の穴八幡宮境内に「早稲田ミョウガ」の説明板を設置した。2005年、早稲田大学がキャンパス敷地に相馬御風の「みやうが畑時代」を記した「早稲田茗荷」のモニュメントを設置した。

2009年、江戸東京野菜研究会代表の大竹道茂氏が自身のブログで「早稲田ミョウガを探しませんか!」と呼びかけたところ、早稲田大学の協力を得て5回の探索を行い、住宅地の敷地など30カ所以上でミョウガが確認された。なかでも2010年8月21日、明治26年から西早稲田にお住まいの茗荷邸で昔からのミョウガが見つかり、根系を分譲してもらい、練馬区の篤農家、井之口喜實夫氏が2年かけて根系を育成し、練馬で早稲田ミョウガが復活した。

伝統的利用法薬味、漬物、汁の具。
栽培・保存の現状

早稲田地域では自家用に住宅の敷地で自家用に栽培されているが、茗荷茸を作る室(むろ)はないので、おそらく花ミョウガの収穫のみだと思われる。

練馬区に早稲田ミョウガの栽培者が1名いるが、近年の夏期の気温上昇で、生育が悪く、充実した根系が得られなくなってきたため、茗荷茸の栽培も難しくなった。今後の対策を講じる必要がある(東京資料10)。

消費・流通の現状青果市場、飲食店に出荷。
参考資料
  • 東京資料8)内務省地理局(1884)早稲田村「新編武蔵風土記稿巻之11豊島郡之3,巻之12豊島郡之4,巻之13豊島郡之5,巻之14豊島郡之6,巻之15豊島郡之7,巻之16豊島郡之8,巻之17豊島郡之9」、新編武蔵風土記稿巻之十二目録豊島郡之四牛込村、p52.
  • 国立国会図書館デジタルコレクション27/107コマ目
  • https://dl.ndl.go.jp/pid/763977/1/27
  • ※『『新編武蔵風土記稿』』は1804-1829年に江戸幕府直轄の教学機関「昌平坂学問所」の地理局の事業で編纂され1830(文政13)年に出版された全265巻からなる書物である。
  • 東京資料9)JA東京中央会、早稲田ミョウガ、東京農業歴史めぐり、
  • https://www.tokyo-ja.or.jp/farm/edomap/tokyo04.php (2025年3月29日確認)
  • 東京資料10)大竹道茂(2025)「早稲田大学周辺商店連合会の方々が、早稲田ミョウガの今後について生産者と語り合った。」、江戸東京野菜通信大竹道茂の伝統野菜に関する情報ブログ、2025年3月1日
  • http://edoyasai.sblo.jp/category/965397-1.html (2025年3月29日確認)
調査日
  • 2024/6/30
  • 2025/3/10