在来品種データベース
| 生産地 | 東京都足立区、練馬区など |
|---|---|
| 作物名 | ネギ |
| 品種名 | 千住ネギ |
| 学名 | Allium fistulosum L. (ヒガンバナ科) |
| 現地での呼称 | せんじゅねぎ、江戸千住ネギ |
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| 栽培方法 | 播種は3月下旬、定植は6月下旬~7月上旬。かつては4月下旬に定植していたが、早く定植しすぎると夏の暑さでうまく育たなくなった。収穫は12月~2月頃。 |
| 品種特性 | ネギには冬期に地上部が枯れて休眠する「加賀太ねぎ群」と、冬期に休眠がないか、浅く成⾧を続けて夏に休眠する「九条ねぎ群」がある。「千住ねぎ群」は中間型で、冬期も休眠浅く葉の色は淡く、葉の分岐部の締まりがややゆるやかだが収量が出る「赤柄系」と、冬期の休眠はやや深く、葉は濃緑色で、分岐部がよく締まり、分げつが少ない「黒柄系」とがある。さらに赤柄系と黒柄系の交雑した「合柄系」があり、その中にも赤柄系に近いものから黒柄系に近いものまでバリエーションがある(東京資料11および16)。千住ネギの中には、元々葉が軟らかいあるいは硬い個体や系統が混在したと考えられるが、近年の改良品種の葉が硬いのは流通に有利なように選抜改良された結果である。 今回視察した千住ネギの1系統(江戸千住ネギ)は、明治18年創業の⾧ネギ販売を営む株式会社「葱善」が戦後間もない時期に種子を入手して維持してきた系統である。冬期に葉先が枯れ込むなど浅い休眠が見られ、葉色が濃く分岐部の締まりがよく、分げつがほとんどないことから、黒柄系の千住ネギ系統だと考えられる。また葉は軟らかく、葉鞘は巻きが多く、水分が抜けにくく、しっかりしている。煮崩れしないので、すき焼きなどの鍋物にも向く。 |
| 由来・歴史 | 千住ねぎの本格的生産は明治中期から昭和中期にかけて、葛飾区北部(金町、水元)から新宿区までの一帯が産地となり全国的にも有名であった。 元々、荒川区と足立区にまたがる千住地域にあった古い「熊手ネギ」や「砂村ネギ」などから選抜改良して良質な「根深一本葱」を競って作り出し、陸路と水上交通の要所であった千住大橋付近に作られた千住市場にネギが集まり、これらを「千住ネギ」と総称したという。(以上、東京資料12、13)。こうした理由から千住ネギには特性の異なる系統が存在する。 明治18(1885)年から⾧ネギを中心とする野菜を都内近郊飲食店に販売を行ってきた株式会社「葱善」(田中庸浩社⾧)では、前社⾧が戦後間もないころから維持してきた食味に優れる千住ネギの1系統の種子を現社⾧が平成20(2008)年から受け継いで栽培を続けている。その系統を自社のみならず、2015年から足立区の農家と、2017年から練馬区の農家などにも栽培・採種を委託し、複数の農家が栽培するようになった。 |
| 伝統的利用法 | 焼き物、鍋物、薬味など。 |
| 栽培・保存の現状 | 都内数件の農家が栽培している。 |
| 消費・流通の現状 | 直売所。長ネギ販売を手がける「葱善」を通じて都内飲食店と店舗とインターネットで小売りも行なっている。 在来品種は太さなどがそろいにくいが、長ネギ販売店「葱善」は、太いものは鍋物屋へ、中太はそば屋へ、細いものは焼き鳥屋へなどと、需要に応じて販売している。 |
| 参考資料 |
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| 備考 | 千住市場では、大正のころには正月の初荷に一束150kgになる巨大な荷姿(太刀(たち)まるきと呼称)を出荷して 祝うなどの習慣があったという(東京資料12)。また、かつて初荷として取引のある青果店やそば屋、老舗のすき焼き店など、ネギを多く使う店先に太刀まるきを飾ったが、現在でも一部の店で太刀まるきを飾るほか、浅草神社にも葱善が奉納しているという(東京資料15)。 足立区は日本一おいしい学校給食をめざしており、食育活動も熱心である。2015年から同区農業委員会が支援しながら、2015年から区内3校、現在は6校の小学校で千住ねぎの種播き、土寄せ、採種などの栽培体験授業を行っている (東京資料13、14)。また、台東区の小学校2校でも江戸千住ネギを栽培するところから食べるところまで体験する授業が行われている。 |