在来品種データベース

「野口菜」品種情報
生産地栃木県日光市野口
作物名クキタチナ
品種名野口菜
学名Brassica rapa L. (アブラナ科)
現地での呼称のぐちな
写真野口菜の草姿1。葉の表面に細かい毛がある(ボールペンは15cm)@だいや体験館2024-01-09 野口菜の草姿2。ずんぐりしたタイプ。葉の表面には毛がある(定規は15cm)@だいや体験館2024-01-09 野口菜栽培圃場@だいや体験館2024-01-09 野口菜の花と花茎。托葉が花茎を巻き込む特徴から、Brassica rapaであることがわかる(写真は日光だいや川公園だいや体験館提供)
栽培方法

野口地区は大谷(だいや)川の流域にあり、今市(いまいち)扇状地の扇頂部で、伝統的な栽培場所は河川の細かい土が堆積している場所であった。また冬は厳しく冷え込むが、男体山からの年中12~13℃の水温を保つ伏流水を利用して、冬場の凍結を防ぎながら栽培する。

播種の半月前ころ、畑に腐葉土を入れて畝を立てる。播種は昔、秋の彼岸、9月下旬ころである。適宜間引きを行い、気温と水温が同じになる時期(11月中旬~下旬ころ)から、地温の保温のため、うね間に伏流水のわき水をかけ流す。また水をかけ流すことでアクが少なく甘味のある味わいになるという。収穫は12月~3月で葉や花茎を収穫する。

昔は大谷川の砂土を毎年運び込み、畝の側面に人糞を塗っていたが、近年は川砂を入れ豚糞・硫安など施用している。昔に比べて足を入れるとぬかるむ土になり、あまり好ましい状態ではなくなっている。

品種特性カブ菜の一種と思われる。葉色は淡緑で、葉の表面に毛がある。葉は軟らかく、えぐみや苦味がなく、ほのかに甘味があるのが本来の食味であるが、近年、交雑により、葉に毛がないものや、アントシアニンの着色がみられるもの、辛味があるものなど、かつてなかった形質を持つ個体が混じるようになった。
由来・歴史

徳川家康公の霊廟として1617年に創建された日光東照宮の造営時に、静岡県から来た職人が、冬場の青物を確保するため、御殿場市の「水掛菜」の種子と栽培法をもたらしたと言い伝えられている。

明治時代の大洪水、戦後の度重なる台風で河川敷が氾濫して畑が荒れ、さらに昭和24(1949)年12月26日に8分間隔でM6規模の地震が続けて2回発生した今市大地震の影響で水脈が分断され、栽培できる場所も湧水量も減少した。その後、伝統的な水を流す栽培方法をする農家が減少し、一般的な露地栽培への変更が進んだ。

1998(平成10)年に地元農家所有の伏流水を使える野口菜栽培地が現在の日光だいや川公園の敷地となるにあたって「野口水掛菜保存組合」を設立し、貴重な畑の一部を保存した。現在まで保存組合と体験館が協力し、公園内の体験農場として伝統的な野口菜の栽培地を管理・運営している。近年は近隣で増えてきている菜の花との交雑が進んでいることが懸案事項である。

伝統的利用法

茎葉はお浸しや正月の雑煮の具材にする。ゆでた後、味が薄まらないよう水でさらさないのが昔ながらの食べ方である。花茎はお浸しで食べる。

現代は当たり前のように真冬に新鮮な野菜が流通するが、江戸時代はなかなか口にすることができない貴重なものだった。野口地区の正月の雑煮には野口菜が必ず添えられていたといわれている(栃木資料2)。

他に茎葉をダイコンやニンジンときんぴら、ごまや辛子醤油の和え物、納豆のかき揚げ、鮭の粕汁の具材に利用しても美味である。

栽培・保存の現状伏流水を使った栽培農家は「野口水掛菜保存組合」の5軒と隣接地の1軒である。
消費・流通の現状近隣の直売所で販売している。
継承の現状野口水掛菜保存組合とだいや川公園だいや体験館が協力して「野口菜」の継承・保存活動を行っている。
参考資料
  • 栃木資料1)長澤美佳(2021)日光市在来・伝統野菜~地域で守られてきた野菜~.
  • 栃木資料2)日光だいや川公園だいや体験館.資料「野口菜(水掛菜)について
  • 栃木資料3)Slow FoodⓇ Nippon.味の箱船登録食品「水かけ菜」.https://slowfood-nippon.jp/mizukakena/
調査日2024/1/9
備考2007年3月8日、イタリア・スローフード協会が認定する世界の守るべき伝統的で希少な味として味の箱船(アルカ)に登録されている(栃木資料3)。